晴れを待ちわびて

トラウマを抱え、自律神経失調症になりながらも、懸命に毎日生きていく日常ブログです。

理想の家族と現実に居る家族

理想のお父さんは、日曜大工が出来る人。物知り。

理想のお母さんは、料理上手。手先が器用でピアノなんかを教えてくれる人。

理想のお兄ちゃんは、優しくて、色んなことを教えてくれる人。

理想のお姉ちゃんは、兄弟とも仲良くて、服を妹なんかと交換し合いっこできる人。

 

理想と並べると、少しおびただしい文章になってしまったが、

大体これがドラマで描かれる理想だと思う。

 

でも私の現実の家族は、

おとうはいつも不機嫌で口下手で、車をガッと飛ばすような人。

本当は優しいのに、強い言葉を使って、自分が傷つかないように守っている繊細な人。

 

お母さんは、脳梗塞で倒れて、手足が不自由になり、

凄く苦労しただろうに、毎日料理を作ってくれる。

 

正直、味が薄かったり、濃かったりはするけれど、

してくれるだけでありがたいよな、

なんて思うけど、素直にありがとうと言えたことはない。

ダメだよな。

 

過干渉で過保護なのがちょっと困るけど、

凄く優しい人。気遣いが出来すぎるから、ストレスを多く抱えていると思う。

長生きしてほしい。

 

お姉ちゃんは、勉強ができる人。

人の変化に敏感で、その鋭さと正義感みたいなモノが

先走って、職場の人たちに何か強い言葉を掛けていそうでちょっぴり怖い。

 

しっかりしているように見えるけど、

本当は甘えたがりで、少し弱い部分がある。

そこを旦那さんに見せることが出来ているとしたら、

妹としては安心。

 

もっと、素のお姉ちゃんで居てほしいな。

お姉ちゃんだからこうしなきゃ、とかじゃなく、

自分の人生を生きてほしい。

 

私のお兄ちゃんは、

うちの家で一番勉強ができる人。理系で少し理屈ぽくて、

やたらうんちくを言ってくる。少し回りくどいけど、

思春期に反抗期が来なかったのは、姉と妹の狭間に居たから。

 

今、反抗期が来ているお兄ちゃんは、

お母さんに強く当たる。

 

ごめんね、お兄ちゃん。

私、みんなの足を引っ張らないように生きてきたつもりだけど、

たぶん迷惑かけたよね。

 

やりたいこと、会うたびに変わっているけど、

たぶん兄の中ではもう決まってるんじゃないかな。

たぶん、「やってみなよ」と後押しが欲しいんじゃないかなと思ってるけど、

私は妹だからそんなこと相談されないし、

良い友達とか恋人に背中押してもらえたらいいな。

 

凄く優しいから、優しすぎるぐらい優しいから、

お兄ちゃんの性格もうちの家族のことも分かってくれる、

優しい恋人が傍に居てくれたら、凄く安心です。

 

 

うちは兄弟仲が悪いし、

家族仲もいいワケじゃないし、

私もムキーッとなる瞬間が多々ある。

 

でも奥底には、

やっぱり家族だから。と想う瞬間がある。

 

いつか、ちゃんと「ありがとう」と言えますように。

その眠気は真実か

大体夕方からこの19時辺り、眠くなる。

 

薬を飲まないで寝ると、仮眠のように1-2時間寝てしまい、

夜は眠れなくなる。

 

かと言って、

睡眠薬を飲んで、寝ると、

寝なきゃと焦り、眠れなくなる。

 

最近は、眠たいと思った時に眠るようにしているが、

3回中たった1回しか成功していない。

 

3分の1だと思われるだろう。

けれど、これは10回やっても、100回やっても、

成功する確率は極めて低いと思う。

 

これまでの経験でわかっているからだ。

 

この眠気は真実なのか、

それとも錯覚なのか、

 

私は、疑ったまま、

きっと眠れないだろう。

ラジオとVHS

ラジオにハマったのは、私が小学6年生の時だったと思う。

当時は、インターネットがギリギリうちの家にあったかなかったか、だった。

 

そんな時、かじりつくように、

1つのラジオ番組を聴いていた。

 

自分の好きなアイドルが話しているのが、

楽しくて、ラジオも楽しくて、ラジオテープに録音をした。

 

カセットを入れて、

戻したり、進めたり、そんなスイッチが懐かしく思う。

 

確かVHSから今の地上波に以降したのが、

2012年辺りだったと思う。

 

それまではVHSで1本番組しか録れなくて、

よく家族でバトルしていた。

 

中々録画が録れなかったので、

リアルタイムで映画をかじりつくように見た。

 

どんなジャンルでも見ていたと思う。

いや盛った。たぶんホラーは避けていたと思う。

心霊番組も無理。

 

あの頃は、

レンタルビデオをするのも貴重だった。

 

それはうちの家族が特殊だっただけだと思う。

 

レンタルビデオ屋に自転車で行くという発想が無かった頃、

年に一回か二回か、行く頃、

 

またもや同じ表現が出てくるが、

かじりつくように、何を借りようか頭を悩ませていた。

 

あの頃は、全てにおいて貪欲で、

全てが貴重だった。

 

お小遣いも500円だけ。

コンビニで1冊本買ったらあと数百円だけ。

それを近所の駄菓子で計算しながら、食べたいのを買う。

 

あの経験は、

もうあの頃にしかできなかったんだろうな、と儚く思う。

 

けれど、今だから今の楽しみもある。

あの頃、映画やテレビが好きだったから、

大人になった今、動画配信サービスに入り、

趣味を謳歌している。

 

あの頃の私へ、

貪欲で居てくれてありがとう。

君が居たから、今の私が居ます。

 

昨日の私へ、

温泉行きました。

昨日は眠れませんでした。

 

まぁ、でも今日、こんなことを思い出しながら、

大好きなAマッソのラジオを聴けているので、

幸せです。

おとうのスマホデビュー

昨日、おとうがスマホデビューをした。

そして私が色々と設定をしたり、操作を教えてあげた。

 

こう書いている今、

昨日から今日にかけて、スマホを通して、

コミュニケ―ションをしている訳だが、

 

時代がデジタル化してきて、

ついていけなくなる年配の方を描いた映画を思い出した。

 

「わたしは、ダニエルブレイク」

 

素敵な映画なので、見てほしい。

私の語彙力じゃ伝えられないので、

自分の瞳で目撃してほしい。

 

昨日の私へ、

勇気を出して、布団へ向かったら、

どうにか眠ることができました。

 

明日の私へ、

今日は少しだけドラマを見てから眠るつもりですが、

無事に寝ることが出来たでしょうか?

明日は温泉に行く予定ですが、どんな気分でしたか?

こっち側、そっち側

私は早寝早起きをする人だった。

服には無関心、与えられたモノを着るだけの人だった。

人に命令されることに疑問を抱きながらも従うだけの人間だった。

 

それがこっち側だった。

そっち側の人間になるなんて思っていなかった。

 

後者の2つはそっち側になって良かったと思う。

 

けれど、最初の1つは、

そっち側になることで、不眠症になり、

眠れないことの焦りから苦しくなった。

 

それがどんなに私の命の寿命を深く握っているか、

きっと家族には理解できないだろう。

 

今日は1時ではなく、

少し早めに寝てみようと思う。

 

眠れるだろうか。無事に朝を迎えられるだろうか。

 

明日の私へ、

今日の私はきちんと眠れましたか?

傍から見たら楽しいはずなのに……

両親と姉夫婦との焼肉。何度目かの集まり。

楽しいはずなのに、味がわからなかった。

最近、好きだと気づいた牛タンも、

気になっていたハラミも、

元々好きなホルモンも、

 

全部、味がわからなかった。

 

会が始まって、すぐ私は目眩の兆候に気づいた。

そしてすぐ、目眩の薬を持ってきていないことに気づいた。

私はすぐにアルコールを飲み、そのふわふわで誤魔化した。

 

その後、追ってきたモノは、

虚無感と切なさだった。

 

大勢の中に居るのに、私は孤独だった。

周りは温かいのに、自分だけ冷たいような感覚がした。

 

涙がじわっと現れそうになったから、

どうにか防いだ。

 

アルコールのペースを上げたり、

とにかく食べたり、何度か席に立ったり、

姉さんとラインをしたりして。

 

楽しまなきゃいけないのに。

美味しいって言わなきゃいけないのに。

 

いや、

いつもなら美味しいと言う食事なのに、

 

どうして今日は味がわからないの?

 

 

それはこうやって文を書いている今さえも分かっていない。

 

また私は、

死の淵で歩いている。

 

一歩踏み間違えれば、真っ逆さまの場所で、

生きている。

 

おとう

今日の深夜12時。おとんが急に起きてきた。

普段なら茶の間に明かりが点いていれば、起きてこないのに。

 

そういえば、自分の部屋のパソコンをスリープにさせたままだ、と、

電源を消そうとしたときに起きてきたので、慌てて私は茶の間に戻った。

 

「まだ寝てないのか」「眠れないのか」と怒るかと思いきや、

ガラホからスマホに変えたいという相談と料金や性能の話を受けた。

 

深夜0時から1時まで、時におとうのうんちく話も交えながら話した。

こんなことは年に一回あるかどうか。

 

おとうが自分の心の扉を開ける瞬間は短くそして回数も少ない。

今だ!と思う時に、懐に飛び込まないと、また1年後になってしまう。

 

おとうは否定されたくない人だ。

出来れば自分を立ててほしいし、肯定してほしい。

だから私は、「いいんじゃない?」とか

「こういうのもあるよ」という提案しかできない。

 

だから、何処かで嘘をついているようで、

普遍的な娘であることに、申し訳なさを感じながら話している。

 

おとうのことは好きじゃない。

すぐ機嫌が悪くなるし、目つきも悪いし、

口も悪いし、すぐ悪口を言うし、

米の固さとか料理の味へのこだわりも強いし。

 

でも、好きなところもある。

 

寡黙なおとうが、

突然話し出す瞬間は、

少し愛おしくなる。

 

そんな今日だった。

 

おとう、また話そうね。

「いつでも言って」の魔力

よく言われる言葉。

「いつでも頼ってね」「いつでも言ってね」

 

そう言ってくれる人は沢山居る。

でも本当に辛い時、それを続けてくれる人は少ない。

 

単発で救ってくれるだけ感謝すべきなのかもしれない。

でも悩みというのは長期的になることが多く、

長きに渡る支えが必要となる場合が多い。

 

それを理解できる人は、

その沢山の中で1人も居ない時がある。

 

それを絶望と言う。

 

私が悩み相談を受けるときは、

本当の意味での「いつでも」という意味を込め、

さらに長期的になると考えて、スタンバイしている。

 

会いに行ける距離なら、

会いに行って話を聞くし、

電話できるなら、いつだって電話をする。

 

でもここまでのことを望んではいけないと思いながらも、

いつか誰かがこの行いへの返しをしてくれないだろうか、

と傲慢な願いを今日も密かに思っている。

6円

今日の深夜0時回った頃、

宅配買取をしたトレーディングカードの買取価格が出た。

 

レアカードの相場が30万と見て、

驚き、やった!とワクワクしながら梱包キットを頼み、

梱包して、発送した。

 

そして、3-5日後。

 

6円です。

 

と送信されたメール。

 

え、100枚以上のカードで、まあ状態悪いとは言え、

レアカードも含め、6円??

 

未だに、

納得いってないお金の話でした。

 

今日も生きています。

更新していない間

昨日の夜、観劇に行った。

私の後輩が大道具に参加しているというので、観に行った。

 

私の後輩は、東京で専門学校に通い、

裏仕事を学んでいるとは聞いていたけれど、

高校演劇で一緒にやっていた時より、

明らかに力をつけているのが目に見えて、

嬉しいと同時に、少し切なくなった。

 

それは自分の不甲斐なさだった。

私はこんなに成長していないから。

 

一昨日からずっと死について考えていた。

昨日の夜、国道沿いでバスを待っていた時、

引き寄せられるように道路に飛び出そうとした。

 

どうにか自分で引き留めたから何もなかったけれど、

心は既に飛び込んでいた。

 

もしかしたらその後輩と会話するのが最期かもしれないから、

背中を押す言葉だけをメッセージに添えた。

 

27日に地元の温泉が出るホテルに宿泊することになった。

それまで私は生きなきゃいけない。

いや、親にお金を返すまで、死ぬ権利など私になんてないのだ。

 

それでも私は死の淵で

今にも落ちそうな線の上を歩いている。

これを言うのはきっと我が儘?

私は実家暮らしで、21年間ずっとこのうちに生きてきた。

17歳まで父さんのお金で育ってきた。

18以降も、成人式の着物代に前撮り等、大金を出してもらった。

 

そして、20歳。会社を辞め、

それから数か月後、生活費を出せなくなった。

 

老後に年間で100万ほど貰えるように入った保険や、

携帯代、病院代など、自分の貯金から出していた。

 

でもいつの間にか、自分の貯金に底が見え始め、

一旦ストップし、毎月親に5万借り、

どうしても足りなければその都度借りるという仕組みを導入させてもらった。

 

そんな今、私は親への借りたお金が30万ほどある。

私はそれを早く返さなければならない。いや人として当たり前。

それはそうなのだが、それ以外にも理由がある。

 

父さんは今年、会社を定年退職後、

また再雇用をしてもらった。

その退職金で新車を買ったのだ。

 

数百万そこに充てたと思ったら、

新車の前の車への不備に20万ほども充てた。

 

母は、老後の資金に充てようとしていた計画が総崩れになった。

それでなくとも、娘は働けず病に侵されて、お金を渡さなければいけないというのに、

旦那は車は買ってしまうのだから、母の心には相当な負荷が掛かったに違いない。

 

だから私は、早くそのお金は返さなければならない。

できれば一気に10万、15万と返したい。

 

ドンッと返ってくれば、何かと楽だろうし、

安心するに違いないからだ。

 

正直言って、10万なら返せる。

貯金が10万ほどあるからだ。

 

でもそれを全て返した時、

私は逃げ場を失い、たぶんまた死を選ぼうとする。

 

今も苦境の地に立たされている。

 

 

早く働かなければならない。

社会的にも労働力として復帰しなければならない。

そして、お金も稼いで、早く自立しなければならない。

 

それに、早く元気になった姿を、

仮にでも見せねばならない。

 

そんな”ならない”ことが全て私を苦しめている。

 

余りの辛さに、これほどの苦しみをどう表現していいか分からない。

 

死を選びたい。

 

けれど、選んだら、

この前、会った先生と「とりあえず生きていこうと決めました」と

交わした言葉が嘘になってしまう。先生にも負荷が掛かる。傷つける。

家族をも蝕む存在になってしまう。

 

私は誰かを傷つけるために死を選びたいわけではない。

もう全てが辛いから。もう逃げ場もないから。

 

これが甘えだと言われたら、

私はもう絶句する。

 

でも世間はそれほど甘くはないから、

目眩があっても働けと言われそうだし、

不眠症であっても気合で眠れ!と言われそうだし、

 

怖い。

 

自分に向かってくるものは全て刃に見えてくる。

これを打ち明けられる人もそう居ない。

 

私は孤独だ。

 

何度も過った死。

本当に近づいてくると、その足音というか気配を感じるようになる。

私は今、感じている。これはまずいと危惧している。

 

だからどうにか避けるために、

こうやって世界の片隅で叫んでいる。

 

これがどうにか抑止力になるように。

 

未来で「どうしようもない苦しみと辛さと哀しみが私を覆ったけれど、

今は幸せです」と言えるように生きなければならない。

 

果たして、そんな未来が存在するのだろうか。

 

やってしまった

毎日更新を目標にしていたのに、

ワクチンの副作用で高熱が出て、

どうにかなっている間に、

日は跨いだ。

 

あぁ、やっちまったぁぁ。

 

今日は寝れなさそうだけど、

朝になったら熱下がってるといいな。

 

火照ってる身体に、

空いている胃に染み渡る、

卵雑炊。

疲弊

今、凄く疲弊している。

お金が無いので、どうにか生活不用品を売って、貯金したり、

親にお金を返したりしないと、と焦ってると同時に、

時は進み、働きたいと思っていた会社の求人が無くなった。

 

それに、小説も滞っている。

これじゃまずい。

 

凄く空回りしているし、疲弊している。

だから大好きな映画を観る気力すらない。

 

明日、私はきちんと生きていますか?

「いつか使うから」

母の口癖だ。

「いつか使うから置いといて」

 

そうして、ふすまの向こうにたくさんの物が溢れかえってくる。

戸を閉めれば見えない空間。ブラックホールのような場所。

だから溜めこんでしまう。

 

半ば強制的に、絶対使わないモノを掘り出して、

説得して、とりあえずリサイクルショップに持っていくことが合意した。

 

「いつか使うから」という言葉の通り、

1年中に1度でも使えばいいけれど、そのブラックホールに入っているモノを、

1度たりとも使ったことを見たことが無い。

 

縁起でもないけれど、

母や父が亡くなった時に、大量に物を整理すれば、

お金は掛かってしまうし、今より物価も上がっているだろうから、

なるべくできる範囲で、できることをしていきたいものだ。

 

またリサイクルショップで、

引き取ってもらえるのか、それとも一緒に自宅に帰り、

ゴミ袋に包む運命なのか、行ってみないと解らない。

 

少しだけ希望がある。

そんな今日だった。

リサイクルショップ2往復

リサイクルショップ2往復した。

1度はカフェオレを2度目はメロンソーダーを飲んだ。

 

合計で303円ほどになった。

やった!と嬉しいが、疲労が蓄積されているのがわかる。

 

よく寝て、明日も部屋を整理しよう!