恋人もおらず、家庭菜園、料理、珈琲焙煎など趣味が増えていく一方で、
自分の心の治癒のために、友達とは自然と疎遠になっていく、
そんな状況下が侘しいとしよう。
恋人が居て、味方が一人居て、
中々会えなくて、ラインの返事も来ず、寂しいのが幸せか、
どちらだろう。
私は後者を体験したことがない。
体験したことのない経験は羨むものだろう。
だから私も羨まれる側なのかもしれない。
でも気づいたら、自分だけ、自分の道を開拓していて、
周りは仲間と一致団結して進んでる。
そんな様子を遠くから眺めている。
願いは口にすれば叶うというけれど、
いつ叶うだろう。
こんなに悩みやすく、生きているのか死んでいるのか宙ぶらりんな私が、
当たり前の幸せを手に入れていいのだろうか。
もっと幸せになるべき人がいるのではないだろうか。
私は自分を赦せない。
母が倒れた原因は私だ。不登園になったから、そのストレスで倒れたのだ。
絶対にそうだ。
母が倒れた結果、私の家族はそれぞれの役割をこなさなければいけなくなり、
各々の人生を歩めなくなっていった。
今もその枷がみんなを縛り付けている。
家族を家族じゃなくしたのは、
私が我が儘な行動をしなければよかったのだ。
何十年経っても、
私たちは家族のようで、家族ではない。
姉兄の仲は破綻しているし、
お互いを憎み合っている。
父は奔放だし、母は色んな代償を払っている。
私は―――。
こんなに侘しいのは、
因果応報なのかもしれない。