晴れを待ちわびて

トラウマを抱え、自律神経失調症になりながらも、懸命に毎日生きていく日常ブログです。

自分を見てくれる人

私のブログには2人しか読者が居ない。

と言っても、読者になっていないだけでブックマークをつけている人がいるかもしれない。

 

でも私の中で見える数字は”2”

 

正直、周りの人はどんどん増えていく中、自分だけ、もう伸びない時期に来ていて、

焦りを感じている。

 

そんな時Twitterである投稿を見つけた。

 

もし2人しか見ていなくて、それでやめたら、

次に3人目が見るかもしれないのにもったいない。あきらめちゃいけない。

やめるんだとしたら、その2人に失礼。というような内容だった。

 

投稿はもう少し柔らかった。

 

私はこれに勇気をもらった。

今は2人しか居ない。でもいつしか増える時のため、

自分が夢を叶えるときのため、自分の文章力を磨くため、

頑張って書き続けようと思う。

 

きっと、未来はすぐそこにあるから。

私は、お金に急かされるような生き方をしているのだろうか

18歳で準社員として就職して、

20歳で退職後、21歳でアルバイトとして働き、

先日、体調不良を理由に辞めた。

 

給料を稼げないということは、

いつまでこのお金で暮らしていけるかと考えてしまう。

 

実家暮らしだから、最悪親に借りればいい。という発想もある。

でももう20すぎの良いオトナが親に迷惑をかけるわけには――という理由の裏に、

頼りたくない、という反抗心が隠れている。

 

私はずっとDIYできる人が羨ましくて、

いつかやりたいと思っていた。

 

高校時代、演劇部だった私は、

裏方でモノを作るときに、板をのこぎりで真っすぐに切れなかったり、

小道具をうまく作れず、不器用だから、と仕事をできなかったりした。

 

勿論、その言葉は自分の中で呪いのようにまとわりついてしまって、

”私はできない”と思い込んでいた。

 

ところが、お金が無くなり、

中々買うのも躊躇するようになってから、

如何に今あるもので欲しいモノを生み出すか考えるようになった。

 

ここ数か月皮膚科で貰う薬を収納するものが欲しいと思っていたが、

中々買いに行けず、つい数日前にこんなものを作った。


f:id:umikyou:20220625160321j:image

 

ポッキーの大袋の中に入っている、紙BOXを切り取り作った。

左角を見れば私の不器用さがうかがえるだろう笑

 

でもポッキーの赤い可愛さのお陰で、

その不器用さすら甘いものになっている気がする。

 

個人的には作れたことと欲しいモノを生み出せたことに幸福感を得ている。

 

だが一方で、こんなのは貧乏くさいという人がいるだろう。

それに対して私は誇らしく、「こんな生き方でもいいじゃないか!」と胸を張れない。

 

自分の人生に自信がないのだ。

 

お金がない私がみすぼらしいようで、

18の頃の私が見たら、今の私を幻滅していないか、

よく過去の自分を振り返る。

 

いつか困ったときのために、とせっせと働き貯めたお金は、

退職後の生活費でほとんど無くなってしまった。

 

それは過去の私に対する侮辱に値するんじゃないか、と怯えている。

 

よくネットで見かけるのは、

「お金にそんなに価値はない。固執するな」

 

勿論、お金が全てではないし、

物を買うことだけが、心を豊かにするものでもない。

 

でも、お金自体をそこまで否定するのも、

お金が悪になってしまっているんじゃないか?

 

と、人間じゃない物にさえ感情移入してしまう私は

やっぱりおかしいのだろうか。

ドクターストップ

つい先日、メンタルクリニックへ行った。

 

職場のおばちゃんの目つきが昔いじめられていた時と一緒で

フラッシュバックした、と相談して、

声がへばりついたように出にくく、視界が狭くなり、動悸がし、

その場にいるのに、いないみたい、と言ったら、

 

すぐにフラッシュバック専用の薬をくれた。

 

そして、自死しそうになる。と相談したら、

ある先生が漢方を組み合わせて飲むと、良いという薬を貰った。

 

血圧を下げ、感情を抑えるらしい。

 

 

そして今日私は店長に、

会社を退職する旨を伝えた。

 

私は会社で何の役にも立ってないと思っていた。

でも店長は「海京さんのお陰でたくさん助かったんだよ」と言ってくれた。

 

嫌われていると思ったおばちゃんにも一応嫌われては無かったみたいだ。

 

「いつでも帰っておいで」

 

その言葉が温かく、少し前へ進めた気がした。

前の会社へはもう気まずくて行けないから。あの人たちが怖いから。

でも今の職場は違う。

 

水曜日、菓子折りを持って、

最後の挨拶をしてこようと思う。

 

でもこれからも今の職場の焼肉店との交流は続く。

私が焙煎した珈琲を店長に渡しに行くから。

 

私は入院するかもしれないし、

今より病状が悪化して、正社員になれないかもしれない。

 

それでも前進して、

生き続けたい。

次から次への苦難

つい先日、私は自死を選んだ。

幸いケガはほぼなくこうして生きている。

 

14日にはワクチンを打ち、15日~16日には最大38.9℃の熱に襲われ、

猛烈な吐き気と頭痛で瀕死状態に陥っていた。

 

その後元通りになり、待ち受けていたのは、

今の勤めているバイト先を辞めるかどうか、の悩みが尽きない。

 

自死への行動のエスカレートに流石に自分でも、

メンタルクリニックを変えた方がいい、と判断し、

新しい病院先へ電話したが、ドクターが減り、新患を受け入れていないと聞き、

以前、入院するかで迷った病院へ招待状を書いてもらおうか、と考えているところだ。

 

最近では、一日一食か、二食食べれていい方になって、

自分の大好きな趣味、映画鑑賞、小説の執筆に全く魅力を感じなくなった。

 

何があってもその二人だけは自分の辛い気持ちを励ましてくれるものだったのに、

それを感じないことへ、かなり危ないところまで来ているとわかった。

 

バイト先というのも、

最近パートのおばさんが無視をしかけていたり(半分無視?)

あたふたしていると、睨みつけてきたり、と人からみると何気ないことかもしれないが、前の職場でいじめられた経験がある私は、それだけで、心臓がバクバクして、

視界が狭まって、その場にいるのに、その場にいるように感じなくなり、

背中がゾワーッと冷たくなって、声が出にくくなった。

 

その翌日私は自死の行動へ身を任せてしまった。

 

今、会社は休ませてもらってるが、

これ以上、休んで迷惑をかけるわけにはいかない。

 

せっかく半年間で慣れてきて、

オーダーも捌けるようになったけれど、

辞めようか、と考えている。

 

一度店長に相談してみるけれど、

たぶん辞めなければならないと思う。

 

けれど、それが人生で「良い選択」なのか「悪い選択」なのか、

わからないから、悩んでいる。

 

それでも、生きていかなければならない。

恐怖と戦う日々

ある時、眠れなくなった時、私は睡眠導入剤を飲んだ。

 

睡眠導入剤の効力のまま、眠れればいいのだけれど、

そうじゃないとき、私は何かに操られたように、部屋を出て、

物を散策したり、衝動に駆られて、首を括ろうとしたことがある。

 

1割冷静な自分と9割がもうターンオーバーしている自分でこんがらがって、

段々その図が形勢逆転するのだけれど、それはもう止められなくて。

 

何度人に迷惑をかけたかわからない。

みんな「大丈夫」だというけれど。

きっと大丈夫じゃない。

 

幸い、家族はその姿を見ていない。

 

そうして私はその薬を断ち切ったのだが、

また眠れなくなり、苦肉の策で薬を服用することにした。

 

最近は薬を飲むと、首はくくらないのものの、

あまり好きじゃないお酒を飲む。

 

赤ワインをakadamaで割り、

それを更にオレンジジュースで割る。

 

お酒に身を任せるようなオトナになりたくなったのに、

私はなってしまった。

 

歯止めが利かなくなる前に、

母にはオレンジジュースを隠してもらって、

飲まないようにしている。

 

その代わり、煙草を吸うようになったかもしれない。

毎日吸うのはこれからどんどん本数が増えていく兆候だから、

今、出来るだけ減らしている。

 

私は父が嫌い。

だから父のしてきたことをしたくない。

 

すぐ人に怒るところ、人を振り回すところ、

煙草を吸うところ、お酒を飲むところ。

 

でも血は争えないんだろう。

私はどんどん父に似てきてしまっている。

 

薬で抑えきれない自分が湧いてくることに対して悩んでいた私に、

友達が「それが本当の自分だよ」と教えてくれた。

 

私は何か思っても、すぐに飲み込んで、

口に出さない。その言葉が貯まっていき、ヘドロになっていき、

身体を蝕み、呪いになって、それが巡り巡り、心を犯しているのだと思う。

 

だからきっと私は薬を飲んだ時の自分の行動をよく覚え、

本当の自分と向かい合わなければいけない。

 

どんなにみすぼらしくて、最低な自分だったとしても。

 

それがもしかしたら、

自分の症状を治癒できる唯一の手段なのかもしれない。

「実は私……」

 

まだ頭の整理がつかない。昨日の今日だから。

でも一つ覚えているのは、「恋人いる?」「いないよ」でホッとして、

何気ない話をして、お互いに煙草を吸うことを知って、

 

煙草を買ってきてもらっている間に、

私は告白することに決めた。

 

「実は〇〇ちゃんのこと好きなんだ」

 

でも結果はダメだった。

けど、一つだけ秘密を教えてくれた。

 

それは私の胸の中にしまう。

 

でも、私が女の子らしい女の子だったら、

可能性があったかもしれないと気づいた時、

 

凄く切なくて、

こんなに近くに、目の前にいるのに、

距離を縮められないなんて切ないなぁ、と言ってしまった。

 

自分の母が脳梗塞で倒れて、

そこからままならない生活を送っていたこと、

自死しようとしたことを言っても、

 

決して引かなかった。

 

「もし死んだら葬式で、〇〇ちゃんが来てくれたら、思い残すことないな」

 

と言った。

 

言った後、これは絶対に引かれる。

何言ってんだ、私と思った。

 

そしたら、

 

「行くよ。絶対行く。

でも自分で死んだら絶対行かないから。

でもそうじゃなかったら絶対行く」

 

普段嘘を言わない口下手なあの子が強く言ってくれた。

 

こんなこと友達から言われたらきついだろうに、

どこまでも優しかった。

 

告白された後、「これはちゃんと振ったほうがいい?」「それともやめたほうがいい?」なんて優しく聞いてくれたり、

私が自分の過去を話して、泣いていても、

無理に距離を詰めようとせずに、

話を聞いてくれて、

 

時に涙ぐんでくれて。

 

口下手だから、

凄くいっぱい話したわけじゃなかった。

でも、だからこそ嘘偽りない言葉で

1つ1つ大事に言葉を発している姿に、

ぐっとなった。

 

自分がみすぼらしいと思ったのは、

都合よく利用されてもいいから、

付き合わせてほしいと言ったこと。

 

こんなにも自分の過去を引かずに聞いてくれて、

私のペースを見て、話を変えてくれたり、続けてくれたりして、

必要以上に掘り下げてこなくて、

 

こんなにも自分を理解しようとしてくれる人が、地元には居なかったから。

 

身近には居なかったから。

 

家族は味方じゃないから。

 

この人に全てを打ち明けたら、

変われると強い直感に襲われたけど、

行く場所は、お互い実家暮らしで、

車を運転してきたわけじゃないから、

ホテルしかなくて。

 

でも響きがよくなくて、

もし何かあったら、と相手も気にしたんだろう。

 

「海京ちゃんのこと大切だから駄目だよ」と言ってくれた。

 

私は帰り際、立ち止まって、泣いてしまった。

家に帰りたくない。

あの地獄のような空間に戻りたくないと言っても、

黙って傍に居てくれた。

 

横に来て欲しくて、

手を差し出したら握ってくれて、

私は強く引っ張った。

 

戸惑っていたけれど、許してほしい。

もし何も起きなくて、このまま友達のままだとしても、

少しぐらい近い距離で一緒に居たくて。

 

でも別れは来るもので、

私は自分に喝を入れて、タクシー乗り場まで一緒に向かった。

 

去り際、私が手を広げると、

拒まずにハグしてくれて、

 

タクシーに乗って手を振って、

扉が閉まった後、私は涙が溢れて止まらなかった。

 

家に着いた後、私は布団の中で泣きじゃくった。

友達に連絡して、滅茶苦茶になっている話を聞いてもらった。

 

私はそこで、こんなに人を好きになったことはないと気づいた。

それほど自分の中でその子が大事なことに気づいた。

 

この恋がどう転がるかはわからない。

何かの拍子で付き合うことになるかもしれない。

そうじゃないかもしれない。

 

でも私は、その子が会ってくれるという日まで会いたいし、

話したい。

 

私は伝えたいことをもう1つ伝えた。

目を見て。

 

「もし辛くなったら、すぐに駆け付けたい。

苦しくなって電話したいと言ったら時間の許す限り、電話をしたい。

本当にそう思ってるから。幸せになってほしい」

 

きっとその子には伝わったと思う。

 

幸せになってほしいと言いながら、

恋人がいないと聞く度に安堵する自分が最低で赦せない。

 

いつかはきっと結婚しちゃうような魅力のある子だから、

この期間ももう少ないかもしれない。

 

それでも、叶わないと分かっていても、

好きで居たい。

 

その人間性に惚れたから。その行動の1つ1つが優しくて、

私もそんな風になりたいと成長させてくれた大事な人だから。

 

「小説家になりたい。劇作家になりたい。作詞もしたい」

 

夢を言った私に、

あの子は「料理は?」と聞いた。

 

「もちろん、続けるよ」

 

そう言うと、嬉しそうに微笑んだ。

「今日、空いてたらご飯行かない?」

びっくりした。その通知を見た瞬間、夢かと思った。

 

高校生の時にその子は、一目惚れに近いような推しメンみたいな憧れを持った子。

ボーイッシュで顔がカッコよくて、休み時間にサッカーをしてて、爽やかで、

眼鏡を外してもかっこいいけど、眼鏡を付けてもすごく似合ってて。

 

でも近い席の女の子の友達だったから接点はなくて、

私は憧れという枠から逸脱することはできなかった。

 

 

それから数年後。

私はいつものように休憩室に向かった。

室内に入ると、人が居て。コック服を着ていた。

 

見ない顔だな。

あれ、どっかで見たことある。誰だっけ。と頭を巡らせたとき、

パチンッと弾けるように思い出した。

 

あの子だ。私が憧れていたあの子。

あれ、料理志望だっけ??と頭がはてなになって、

慌てた。でも悟られないように平然を装いながら、カフェオレを飲んだ。

 

 

それから上司に相談して、

どうにかその子に同じ高校だったと気づかれるために、

聞こえるように「〇〇高校だったんですよー」とか言ってみたけれど、

全くアプローチが無くて、

 

私は意を決して、話しかけた。

そしたら、あの子は全く覚えていなかった。

少しショックだったけれど、あのイケてなかった頃を覚えていないのは、

ある意味好都合で。

 

どうにか話を繋げて、

同じ休憩時間になるように仕事をして、

 

その子は公務員試験のために1年浪人したことを初めて知って、

ホテルでの心配事、料理をしていて、どうするべきか、とか相談にたくさん乗った。

 

でもその先に中々進めなくて。

 

そうしたら、同窓会というイベントが催された。

みんな女の子らしい格好をしていて、私はボーイッシュで浮いていて、

凄く辛かった。

 

だから会場に着いた後、

入ってすぐの椅子に座って、

必死に耐えていた。

 

でもその子が会場に入った瞬間、

思わず視線を奪われた。

 

スーツ姿でありのままの自分で登場していて、

仲のいい人に囲まれていて。

 

近づきたかったけど、

勇気が出なくて、でも近づきたくて。

そんなもどかしさを感じていた。

 

ある時、もうムリだ、と会場を後にし、

トイレに向かった時、トイレの前で、ばったり会って、

「お」と言ってくれた。

 

私とは違う階級というか、

陽キャの人がいるのに、私と会話をしてくれて、

こんな機会もうない、と思って、ライン交換したいって言ったら、

いいよ、と言ってくれた。

 

それから私は頻繁に自分からラインするようにして、

ご飯まで漕ぎつけた。

 

どうしても自分を知ってほしくて、

これから起こることを誠実に伝えたいから、

様子を伺いながら、大丈夫だと確信した段階で、

「私女の子が好きなんだ」と打ち明けた。

 

そしたらきょとんとした顔をして、

「え、私に打ち明けてくれていいの?

 ありがとう」と言ってくれた。

 

「嫌だった?」と聞くと、

「うーうん。知り合いで1人いたけどさ、言ってくれて嬉しい」って言ってくれて、

話の流れは好きな子が居るかになって、

 

私はその子が好きで、

言ってしまおうかと思った。

 

でもこのタイミングじゃないと思っていわずに、

ただ目の前で、気づいていない本人の前でその子の好きなところを言った。

 

「へぇー。私知ってる人?」

 

「うーん、どうだろ」

 

「えー誰だろ気になる」

 

そんな会話をしたと思う。

あっという間に終わって、お別れして、

それからも会社で会って、何度も話した。

 

楽しくて、楽しくて、

見るだけで癒しで、幸せな気持ちになった。

 

でも私は、身体を壊し、

会社を休職して退職してしまって、

その子とは会えなくなった。

 

その後一回あっただろうか、

覚えていないけれど、そうして昨日突然「今日、空いてたらご飯行かない?」と連絡が来た。

 

忘れていた感情が沸々と沸き上がった。

急に体温が上がって暑くなって、

久々に服何着てこう、アクセサリーは?髪型は?それを2時間前からあたふたし始めたんだ。

 

会った時、もっともっとかっこよくなっていて、

私はドキドキした。

 

歩くとぶつかる肩。

その掴めない距離感が余計に心臓の鼓動を早くさせた。

 

私はその容姿の変貌に、

「彼氏ができたんだろうな」と切なくなった。

私の夢は小説家になること。そして劇の台本も書き、いずれは作詞も挑戦したいと思っている。読者も1人しか居ない私がこんなことを望んでいいかわからない。

 

今は睡眠導入剤を飲んでも尚寝れない状況で打っている。

 

正気なら絶対にやらないこと。

 

それは創作活動のURLを貼ること。

 

知ってもらわなければ何も始まらない。

 

これで効果が得られるかは分からないけれど……。

 

台本を更新しています。

脚本ダウンロードサービス (haritora.net)

 

小説を更新しています。

https://mypage.syosetu.com/2095266/

 

Twitter

海京/輝 (@umikyou03) / Twitter

 

もしよかったら、

感想など、コメントお待ちしています。

 

このブログで、少しでも読者さんを得られるように頑張ろうと思います。

 

 

 

カモンカモン

地元のミニシアターでカモンカモン(C'mon C'mon)を見てきた。

 

詳しい内容は下の公式サイトを見てほしい。

 

映画『カモン カモン』公式サイト|絶賛公開中 (happinet-phantom.com)

 


f:id:umikyou:20220602220615j:image

(公式Twitterより引用)

 

 

子供と大人という対極な立場を、

大人目線から描いた作品。

モノトーンで、その世界は背景ではなく、人物にスポットしているかのよう。

 

ここから先はネタバレになる可能性があるので、

まだ見ていない人は、ブラウザを閉じる選択肢を取ってほしい。

 

 

主人公の甥っ子ジェシーは、

母をも困惑させるほど手のつかない子。

突拍子もない行動し、困らせ、その顔が見たいからというように、

嬉しそうにしている。

 

それを見た、叔父ジョニーは、

最初こそ、苛立ち当たってしまったり、

自分の価値観に当てはめようとするが、

 

ジェシーの子供という立場から見た、

絡みついた大人の複雑さを溶かしてしまうような、

純粋な言葉から、心が少しずつ解けていく――といったような内容で。

 

アクション映画やホラー映画のような、

目立ったことはない。

 

だから、退屈という人も居ると思う。

私もその瞬間が正直あった。

 

でもそれを乗り越えた先に待っている物語の世界は、

幸福感を運んでくれる。

 

だから映画が好きだ。

誠実に見ていれば、映画を観てよかったと思えるその瞬間が何よりも幸せだ。

 

私は、冒頭大人目線で、ジェシーの行動にジョニーと同様苛立ってしまった。

徐々に、ジェシーの本音が現れた時、幼い私を見ているかのような気持ちになった。

そこで私は初めて、自分が大人になってしまったことに、

スクリーンを通して気づいてしまった。

 

10代の時に観た「スタンドバイミー」「ウォールフラワー」「遠い空の向こうに」を観た時のような感覚がもう得られないのかと思うと、寂しく感じた。

 

でもそれを感じるのも、

生きた証なのかもしれないと思った。

 

 

先輩と後輩の関係はいつまで続けられるのか?

 ねえ、何だったの。あの日々は。あの5年間は何のための時間だったの。私は人生の全てを懸けて、君も賭けていたはずで、仲間だったのに。

 どうして高校卒業したら、その縁が解れていくんだろうね。

部活引退の時にくれたあの手紙や色紙はあの時に思っていたことだよね。じゃあもう今はどうでもいいのかな。

 それとも恋人が出来て、先輩なんてどうでもよくなってしまったのかな。それは人生の先輩として、喜ぶべきのかな。こんなの未練がましいかな。

 私はいつまでも仲間であり、後輩だと思っていたから。君が泣いたら、ずっと傍に居たいし、出かけたいと言ったら、手を取って、何処へだって行こうと思っていた。どんなことをしても、世間から君を守ろうと決めていたのに。

 恋人でもないのに、こんなこと思うのは重いのかもしれない。でもあの高校時代を支えてくれたのは、仲間たちだし、その恩に報いるために何でもすると決めたから。

 でも君は違うのかな。現に私の同期だって、引退した後、演劇を一切見に来なかった。もう関わりたくないのかもしれないと思った。少しだけ冷たいと思った。先輩は後輩の最後まで見てこそ、先輩だと思ったから。

 いや、私が特殊すぎるのかな。押し付けちゃいけないと分かっているから、私からは何も言わない。だからせめて、寂しいとだけ思わせて。きっと私はまだあの演劇部に居た頃で止まっているのかもしれない。永遠とあの場所を追いかけているのかもしれない。

 でもみんなはもう先に進んでいて。私だけ、ひとりぼっちになるのかな。君たちよりも先に社会へ出て、荒波にもまれても尚、演劇部に戻りたいと思ってしまった私が愚かだったかい?それならいっそ、冷たい同期たちのように、一切顔を出さなければよかったかな?

 こうして私はどんどん心の扉を閉めていって、気づいたら暗闇の中でぽつんと座り込んでいる。こんな私を引き込んでくれる人などもう現れない。

 何度も希望という名の物を探したけれど、どこにもなかった。どこにも見当たらなかった。幾度となく待ったし、自分で探しに旅へ出たけれど、それでもなかった。

 私は、どうしたらいい?

侘しいのが幸せか、寂しいのか幸せか

恋人もおらず、家庭菜園、料理、珈琲焙煎など趣味が増えていく一方で、

自分の心の治癒のために、友達とは自然と疎遠になっていく、

そんな状況下が侘しいとしよう。

 

恋人が居て、味方が一人居て、

中々会えなくて、ラインの返事も来ず、寂しいのが幸せか、

どちらだろう。

 

私は後者を体験したことがない。

体験したことのない経験は羨むものだろう。

 

だから私も羨まれる側なのかもしれない。

 

でも気づいたら、自分だけ、自分の道を開拓していて、

周りは仲間と一致団結して進んでる。

そんな様子を遠くから眺めている。

 

願いは口にすれば叶うというけれど、

いつ叶うだろう。

 

こんなに悩みやすく、生きているのか死んでいるのか宙ぶらりんな私が、

当たり前の幸せを手に入れていいのだろうか。

 

もっと幸せになるべき人がいるのではないだろうか。

 

私は自分を赦せない。

母が倒れた原因は私だ。不登園になったから、そのストレスで倒れたのだ。

絶対にそうだ。

 

母が倒れた結果、私の家族はそれぞれの役割をこなさなければいけなくなり、

各々の人生を歩めなくなっていった。

今もその枷がみんなを縛り付けている。

 

家族を家族じゃなくしたのは、

私が我が儘な行動をしなければよかったのだ。

 

何十年経っても、

私たちは家族のようで、家族ではない。

 

姉兄の仲は破綻しているし、

お互いを憎み合っている。

 

父は奔放だし、母は色んな代償を払っている。

 

私は―――。

 

こんなに侘しいのは、

因果応報なのかもしれない。

アイスカフェオレ

最近、エスプレッソを製氷機に入れて凍らせて、

f:id:umikyou:20220528173740j:image


f:id:umikyou:20220528173748j:image

グラスにエスプレッソ氷を入れて牛乳を入れると、

薄まらず、段々濃くなっていって美味しいと、

youtubeで見て、実践。

 

たぶん美味しいと思う。

甘さが欲しいので、グラニュー糖やメープルシロップを入れているが、

どうも足りないようで――。

 

なので、また足してみようと思う。

中々自分に合う照準には合わないみたい。

 

簡単なので、みなさんも是非。

 

過去の自分のブログを見返していたら、

自分の色を出せていることに気づいた。

 

でも今の文章は中身のない文章な気がする。

 

それを解決しない限り、読者さんは増えないだろうと

考える日々。

 

どうにか解決せねば。

 

 

すべてが傷になる

自分への悪口を聞くと苦しくなる人は大勢いると思う。

 

でも私はそれ以外にも苦しくなることがある。

自分と何ら関わりが無くても、その悪口を聞くだけで、

自分の悪い所を指摘されているような感覚に陥る。

 

だから、ニュース、ネット記事、SNS、全ての言葉が私の傷になる。

 

ある事件が世間で起きたとき、

その世間の反応に私が傷ついたことがある。

 

それを兄に伝えたとき、

「いちいち感情移入していたら生きていけないよ」と言われた。

 

つまり、他人のことに自分の心を奪われすぎるな、ということだと思う。

それは正しいと思う。感情移入しすぎて自分の人生が狂っていくなら、

元も子もない。

 

わかっている。こんな人生など愚かだと。

でも、辞めたくてもこの思考は永遠と続く。

 

私は一体どうしたらいいのだろうか。

コロナでの弊害と予期せぬきっかけ

コロナウイルスが流行ったのはもう2年前。

私が前の会社を辞めたのも2年前。

 

もうそれほど経つか。いや、そんな遠くない過去なのに、

凄く遠く感じるのは何故だろう。

 

元々職業柄マスクすることは当たり前だったので、

特に変わった感覚はしない、と言い切りたいが、

やはり時々屋内でマスクを外したいという欲求に駆られる。

 

永遠とこうなのかもしれないという定説が

私たちをより苦しめている気がする。

 

私はコロナウイルスが全国に流行したことで、

一時的に会社の業務が無くなり、連休になった。

 

そのお陰というべきか、

無理をしていた身体に無理をしようとしても、

動かなかった。

 

会社へ行きたくない。行けない。怖い。

 

そんな思いを駆られ、

私は休職し、その後退職をした。

 

母は言った。

「コロナがなかったら、きっとずっと無理してた」と。

 

たぶんそうだと思う。

おばさんたちからの辛口な視線と悪口に毎日怯えながら、

業務をこなす日々で、たぶんある時にポキッと折れていたと思う。

 

世の中でもリモートが増えたことで、

いい面と悪い面があったと思う。

 

ただ、それで増えたのは、

圧倒的に悪い面だと思う。

 

収入が減った人や、会社が倒産した人、

息抜きができなくなってしまった人――。

 

数えきれないほどに。

 

私も毎年の旅行が出来なくなった。

20歳の時には、台湾か韓国に行っている予定だった。

 

大阪、埼玉、福岡へ行った私は、

海外へ行きたかった。

 

だがその夢もしばらくお預け。

 

もう少しコロナが落ち着いてくれれば、

道内旅行を楽しみたい。

ねえ、どうしてそんなに自信なさげなの?

洗面所の鏡に映る自分の顔が、

自信なさげだったことに気づいた深夜0時。

 

怒っても怖くないと言われ、

どうしたら怖がられるか考えた学生時代。

 

好きなファッションを楽しみたいのに、

地元で浮くのが怖くて、

それを見られているのではないか、というのも怖くて、

サングラスをして、自分を怖い存在にしようとしていた去年。

 

今まで、生きてきて、

学校では、何かとみんなの前での発表とか、

学芸会とか、常任委員長として、体育館のステージの上で

言葉を発したあの瞬間も、乗り越えてきたのは私。

 

なのに、どうして私は今も自信が無い?

 

その自信のなさは何かに怯えているようで、

救ってあげたいけれど、自分は分裂することができない。

 

私は心の底から、自分よりも他人の幸せを願っている。

他の人が幸せになるなら、自分が不幸になってもいい、と思ってる。

 

でもちょっぴり、

自分も幸せになりたいと思う。

 

温もりが欲しい時は抱きしめてくれる存在。

辛い時は電話してくれる存在。

昔話や笑い話を一緒にばかみたいにわらってくれる存在。

趣味を共有できる存在。

 

きっとみんなそんな存在を1人ぐらいいるはずなのに、

私は―――。

 

いつも、大事な存在が出来る。

友人や好きな人。

 

でもいつの間にか、その幸福は永くは続かず、

気づいたら、手の内からするりと逃げてゆく。

 

お願いだから、その幸せを、

みすぼらしくても、掴んでほしい。

 

そして、未来の私には、

あの頃の、小学生の時のような弾けた笑顔で居てほしい。