夏。夏と言えば、スイカ。花火。夏祭り。そして蚊。
私は17歳の頃から、薬を継続的に飲み始めた。
それ以来、毎年のようにあちこちに蚊に刺されて、
痒がっていた恒例行事ともいえる出来事が消えた。
それは一見、良いことに見えた。
数年はそう思えた。
だが、突然ぬるっとある感情が芽生えた。
”私は蚊にすらもう相手にされないのか”
薬を飲んだことで、身体を毒され、
それを感じとった蚊は健康的な血を求めているのか、と。
ある日、煙草を吸おうと箱から一本取り出した。
窓を開け、部屋で吸おうか。ベランダで吸おうか。
どちらも落ち着かない。
私は薄暗くなった頃合いを見計らい、
寝巻のジャージ姿で公園に向かった。
ベンチに座り、煙草をふかした。
色んなことを考えた。
ふと見上げる夜空。
スマホから流れる音楽。
見えない未来。
纏わりつく過去。
忌まわしいトラウマ。
煙草をふかすために、深呼吸をしながら、
頭をボーッとしながら、考えた。
そしてふと手元を見たとき、
左手の甲に虫が乗っていて、それが蚊だと気づいた。
思わず右手で払った。
その手は後に、
ぽつんと突起ができ、赤くなった。
痒くてめんどくさいけれど、
私は少し安心した。
私、薬飲んでるけど、
蚊に相手にされた。
”私、透明人間じゃないんだ。生きてるんだ”
何の変哲もないことから、
私は生きていることを実感した。
去年蚊に刺されたら、と親に買ってもらったまま、
未開封のムヒを開けた。
すぐに塗ったら、
今日でもう痒くなくなった。
けれど、まだポツンとピンク色に染まっている。
この跡が消える頃には、
私の中で、少し何かの経験値でも上がるのだろうか。
けれど、もういいかな。
蚊さん、もう私を刺さなくていいよ。
後は、痒くなるだけだから。